チェーン店の喫茶店のレジに並んで、いざ順番がきて机に置かれたメニュー表を眺めても、なにも頭に入ってこない。居酒屋でメニューを見るときも、ファミレスでメニューを見るときもそうなので、こういうのがなんか苦手なんだと思っている。食べたいものがない、飲みたいものがない、そんなはずがない。むしろ酒を飲まないぶん食べ物には執着が強いとさえ感じる。それなのに、注文をともにする友達や会社の同僚に、あるいはチェーン店の喫茶店の店員さんに、みずからの欲望をあらわすのをためらってしまうのかもしれなかった。ほんとうに、そんなことは気にしなくていいのだと、わかっているのだけど。
小さな声でブレンドコーヒーをくださいと言うと、店員さんはサイズも聞かずにSサイズで会計をはじめてしまう。ほんとうは店内にしばらく滞在するかもしれないし、Mサイズくらいにしようかなと思っていたが、なんとなく言い出せずにSサイズのまま会計は進んでいく。「店内のご利用ですか?」あ、はい。「お席の確認はお済みでしょうか?」はい、と流れで応えたものの、まだ席は確認していなかった。2階もあるし、空いているだろうと思った。というか、列のうしろからプレッシャーを感じるこの場所からはやく立ち去りたいという気持ちのほうが強かった。小さなカップに注がれた、250円のコーヒーから湯気が立っている。
ゆっくりと階段をあがると、席はふたつどころか、ひとつも空いていない。顔を見合わせて、ぜんぜん空いてないね、1階も空いてなかったっけと、またも1階へ戻るも、あたりまえながらひとつも空いていなかった。凡ミスすぎる。「こういうときって、どうすればいいんだろう?」と友達がつぶやいて、笑ってしまった。そもそも、こんな場所でとりあえずお茶をしようとしたのだって、いっしょに行こうと約束したギャラリーが祝日で休みなのを知らずに待ち合わせたからだった。下調べがなさすぎて恥ずかしい。震える手でカップを持ちながら、席を探して1階と2階を往復する。しかし、この状況を僕は楽しんでいた。そもそも僕たちは、大学生のころからずっと、これくらいのSサイズなのだから。