2022-08-13

眠くて眠くて、眠ったり食べたり眠ったり、テレビを観ながら眠ったりしていた。よく眠ってすっきりした。ベッドに横たわって、高橋源一郎の「ぼくらの戦争なんだぜ」を読む。戦時下に使われた教科書、戦時下に書かれた詩、戦争を描いた小説がたくさん引用されている。本のうち半分くらいは引用なのではないかと思うくらい。DJが曲をつなぐみたいに、引用に次ぐ引用によって、べつべつに書かれて読まれた文章がつながって、点がやがて面になっていく。おもしろかった。そして、戦争はある瞬間から突然はじまるようなものではなく、もうゆっくりはじまっているのかもしれなくて、恐ろしくなる。

8月5日の夜に、広島から放送されていた高橋源一郎のラジオも聴いた(もう配信が終了しているのでリンクを貼れない)。ゲストが古市憲寿で、著書のなかで「僕たちは、戦争を知らなくていい」というすごい結論へ至っていて、それはよく知らない「戦争」ではなく知っている「平和」を根拠にするべきなのではないかという考えからなのだけど、そういう人が被爆体験の語り部の人と会って話す、という内容。このトークもすごくおもしろかったのだけど、番組の最後の高橋源一郎の言葉におおっと心を動かされた。

つまり、経験者が語れるってことになると、経験してない人は語る権利がなくなっちゃうんですよ。これが、もしかしたら戦後の大きい分断ね。経験した人が偉くて、経験してない人は黙ってろと。なにかを分離するものは、根本的によくないよね。それはまだ、そういうものははじまってないのかなと思って、そういう分断を超える語りみたいなものを、ぜひ古市さんもやっていただけると、うれしいなという。

8月15日の夜にも太宰治と戦時下の詩人の作品を取り上げた放送があるようなので、楽しみ。

最近は「(((さらうんど)))」って名前の人たちの新しいアルバムがよかったのと、いま夏休みってことで、ザ・なつやすみバンドの曲を聴いてる。活動休止しちゃったの残念だよなあと、たまに思い出す好きなバンド。