2022-09-25

からだもこころも分類しきれない無数のグラデーションで構成されているのだから、その人間どうしの関係もまた、名前をつけるのが間に合わないほどに多様なのだろう。解像度の低い「友達」や「恋人」のような定義があいまいなラベルを維持するために、らしくないことをしてみたり、犠牲を払うなんて、関係性の奴隷だと思っていた。

いま、孤独を信じなくなった僕は、らしくないことをしてみたり、犠牲を払ってでも、関係を大切にする。そうする気持ちもわかる。たぶん、そのほうが楽しいから。それだけで、理由はじゅうぶんだ。信じる気持ちと、諦める気持ちは、背中をつきあわせている。傷つくことも、終わることも、ひとりぼっちの部屋の奥の、どこかへつながっている半開きの扉から差し込む光のように思える。

2022-09-20

宮沢章夫の死去を伝えるツイートが流れてきて、声が出た。中学生のときに「牛への道」を読んで、エッセイっておもしろいんだなと思って、いろいろ本を手に取るきっかけになった思い出がある。演劇は観たことなかったし、パワーハラスメントで処分を受けたあたりからTwitterのフォローも解除してしまっていたのだけど…

小さな副業の依頼をもらって引き受けた。報酬っていうより、僕の名前を思い出して、声をかけてもらえたことがうれしいな。

郵便受けを覗くと、新型コロナウイルスワクチンの4回目の接種券が届いていた。カタカナにもふりがながふってある、すべての人へ届けるために書かれた言葉。

2022-09-19

ちょこちょこ作業したり、本を読んだり、返せてなかったメールを返したり、野球を観たり、ごはんを食べたり、その合間にソファに横になっては眠りつづけていた。ほんとうによく寝た。気がついたら地味に困っていた左まぶたの痙攣も止まってよかった。

いまチームでやってるやつ、なんとなく次にやるべきことがぼんやりと見えていて、でもチームのみんなは他のタスクでそれぞれ忙しいし、忙しいなかでぼんやりとしたものを伝えるのはむずかしいので、とりあえず手を挙げてやることにしたのだけど、僕は僕で細々と小忙しいし、しかもぼんやりとしているものよりは、はっきりとやるべきだとわかっているものが手をつけやすかったりするので、つまり放置してしまってるのだけど、水曜のミーティングにはなんか進捗を共有しないといけないな〜、それにはあしたフタを開けないとな〜、と漠然と考えている。こういうのを、きょうやっておけばよかった。でも眠かった。不確実性の高いものから手をつけるのが結局いちばん速いというのはわかっているのだけど、モチベーションをコントロールして実践するのがむずかしい。

自分は、というか誰でもそうだと思うけど、「楽しい」ってところまで持っていけば手を動かすのは速いので、そのあたりをハックできるようになりたい。細い糸でもいいから関心が持てる場所までたぐりよせて、いかに速く到達できるかみたいなスキル。

2022-09-13

手持ちのiPhoneをiOS 16へアップデートした。写真の被写体を長押しすると背景から切り抜かれてコピーされ、他のアプリにペーストできるようになった。ハードウェアとソフトウェアが融合した途方もないテクノロジーの結晶が、拍子抜けするくらい直感的な操作と、漫画みたいなアニメーションで表現されていて度肝をぬかれた。そうそう、未来ってこういうことだよねと思った。いつのまにか訪れていた未来。いつのまにか暮らしていた都会。コンビニの買い物を腕時計で支払ったって、ドキドキしていたのは最初だけで、もはやなんにも思わない。

それはそれとして、ていねいにペンツールでなぞって髪の毛をきれいに切り抜く仕事などでごはんを食べている自分としては、精度のアドバンテージなんて時間が解決するのは目に見えていて、わかりやすく脅かされている。脅かすなら、さっさと奪ってほしい。つくることそのもの、目的の達成ではなく手段が楽しくて、そんな甘い考えでも仕事にできた時代を体験できて幸せだったね。

2022-09-11

この三連休は仕事についていっっっっっさい考えなかった。来週も三連休だし、再来週も三連休で、こんなに休んでだいじょうぶなのかと思いつつ。

ハロー!プロジェクトについていっさいの知識がなかったのだけど、バックグラウンドを解説してもらいながら名曲をいくつか教えてもらった。ハロプロの好きなところは、女性が女性としてかっこいいところ、生の肯定とあふれる多幸感、生まれもった声という才能に加わる細やかなボーカルのディレクション、ひとりひとりが交換できない存在としてそれぞれの多様な長所が大切にされているところ。それらが掛け合わさって、かわいくて明るくて楽しくて、想像を超えてくる。てゆか最後に聞くけどこの曲どんなフィーリング♪て。

2022-09-09

きょうは夏休みを減らしていたぶんの振り替えでお休み。といっても9月中に消化しないといけないからで、とくに予定もなし。

ふだんまったくゲームをやらないが、いまこの時代に生きていることを全力で楽しまないともったいないと思い、スプラトゥーン3をやってみた。初回に起動してからのアバターの作成、操作のインストラクション、オンラインバトルへの参加までの導線が完璧ですばらしいのと、プレイヤーの成長にあわせてBGMのバンドサウンドの音が増えていく演出がつながっていて、任天堂やべ〜!となった。ストーリー?の部分でもエネルギー危機や節電しなきゃみたいな台詞があったりして、同じ時代をゲームを通して俯瞰しているようなおもしろさもあったり。なによりも、ビジュアルデザインが最高にかっこいい。ロゴが画面に表示されるだけでため息がでちゃう。ゲームじたいは難しすぎて、なにもできずインターネットのむこうの知らない人から殺されまくるのだけど…。

tofubeatsが2020年の緊急事態宣言のときに配信していたDJセットの録画が、最近になってYouTubeで公開されたのをよく聴いてる。いつもDJって机の上でなにいじってるんだろって思ってたので、手元のGoProの映像がおもしろい。

横浜対阪神戦をみる。8回表でフォアボールで満塁にしたリリーフ投手がギリギリのところで無失点で抑えたあと、よぼよぼでベンチに戻ると監督が近づいてきてなにか言われていて、そのまま9回表も登板して無失点で終えた。なにを言われたんだろうな〜と思いつつ、ああいうひとこと声をかけてパフォーマンスを引き出すのって、なんか会社員にもそういうシーンあるよなと思った。

2022-09-08

僕は怒ってないのではなく、むかつく気持ちを無視していただけだ。そう気づいてからは、会社の人にも思ったことを伝えたりできるようになった。早朝のオフィスへむかう誰もいないエレベーターに乗り込むと、自然に鼻歌がでる。ということは、機嫌がいいのだと思う。力が抜けていく。歪みが補正されていく。想像していた「ふつう」の大人へ、だんだん近づいているような気がする。正解ばかりを選ばなくてもいいし、合理的でなくてもいいし、嫌われたってかまわない。それが「ふつう」だから。人生はゲームじゃないし、巻き戻せない片道切符のタイムライン。どうせなら、死ぬまでにいちどくらいタバコも吸ってみようかな。喘息だから吸わないが。

恋人と過ごした時間のことを、あんまり日記に書くもんじゃないよなと思ってちょっと反省していた。ごめんね。そういうことは、目を見て話せばいいと思います。

2022-09-02

手をつないでふれあうたびに、電話をかけて声を交わすたびに、知らなかったことをひとつ教えてもらう。ぼんやりといいなと思っていたきみのすがたが、だんだん解像度が高くなって、どんどん好きになっていく。いつか好きですと伝えたときより、いまのほうが好きになっている。恋愛のきらめき。こういうことを、恥ずかしくもなく言えたり書けたりするのは、僕の少ない才能のひとつだ。この奇跡みたいな時間を、いつまでも引き延ばしていたい。それで、きみがずっと楽しい気持ちでいてくれたらいい。

2022-09-01

野球ってつくづく不思議なスポーツだ。大雨で1時間ほど中断しているあいだ、テレビではびしょびしょのスタジアムの風景の中継映像を見ながら、実況と解説者が延々と雑談をして場をつないでいた。野球は、効率とか、生産性なんてことは考えない。実力と成果を前提にしつつ、最後は情が優先されるように見える。中日ドラゴンズを相手に3連勝した横浜DeNAベイスターズは、あしたから広島へ行かないといけないのに、夜10時を過ぎても野球をしている。野球選手には残業がない。田中健二朗という投手が7月に怪我をして、きょう一軍へ復帰した。投げる姿は、その一挙手一投足が、すべてかっこよかった。打たれても、仲間が捕ってくれる。グラウンドに離れて立つ選手のあいだに、信頼関係が見える。野球が好きなのか、野球選手が好きなのか、だんだんわからなくなってくる。野球は、ボールではなく想像のやりとり。物語を強制的に発生させる装置。手に汗を握ったり、喜んだりして、きわめて具体的な人間の身体能力を扱いながら、どこまでもファンタジー。スタジアムから帰るのは、ディズニーランドから帰るのにそういえば似ていた。

2022-08-30

たま〜に感想をツイートしてもらうことがあるので、自分のポッドキャストの番組名のハッシュタグに新しい投稿があったら通知するようにしている。それで通知があったので見にいくと、知らない人のポッドキャストの「おすすめのラジオ番組はありますか?」という質問への回答のなかで触れられていたようで、聴いてみたら、匿名ラジオや叶姉妹のファビュラスワールドに並んで、なぜか僕のポッドキャストが紹介されていて笑った。穏やかな気持ちになりたいならおすすめとのこと。

いつかアイスクリームが溶けないように小走りで帰った道を、きょうは歩いて帰る。もう僕にはアイスクリームは必要ない。さみしさは続かない。だから、さみしいは原動力にならない。インターネットに乗って、声はどこまで遠くへ届いているのだろう。