2022-06-23

今週をきちんと終えられたら、ストレスを感じている仕事もぐっと軽くなるはず。というわけで、自分で言うのもなんだけど、がんばっている。なぜか腰が痛いけど無視している。こうやってわちゃわちゃしているあいだに、気がつくと7月になってくれていたらありがたい。もうすこしで扉が開きそうなんだと思いながら、快速急行に乗り込んでいる。ただマスクをしているかどうかぐらいで、もう渋谷は元通りになっている。長かった雨の季節を乗り過ごして、まもなく僕たちは夏へ到着する。

2022-06-21

終わったと思って洗濯機を開けたら、ネットに入れたあと洗濯機へ入れてなかったことに気がついた。2回目の洗濯が終わるまで日記を書きます。いろいろ重なって、きょうはミーティングが8時間あった。議事録を開こうとNotionへアクセスするとNginxの500エラーの画面になって、Notionが落ちてるなんてめずらしいねと話していたらCDNの障害でいろんなインターネットのサービスがアクセスできなくなっているようだった。こういう仕事をしていると、サービスがふつうに切れ目なく提供されているのは、たくさんの人々の知恵と努力の結晶から成り立っていることを実感する。それを知っただけでも、こういう仕事をしている意味はある。仕事を通していろんなことを知っていく。結局のところ仕事とはモチーフにすぎなくて、目の前にある仕事と呼ばれているものを、いま自分がほしいものへ見立てて手に入れていくだけのものだ。仕事を見たままの仕事としてしか捉えられない人は、つらいのではないかと思う。詩を書くとは、遠くにあるものを近くへ引き寄せる技術のこと。世界を別のものへ変容させるには力がいるけれど、ばらばらな世界をつなげることでも目の前の景色は変えられる。ひとりぼっちでも革命はできるし、動かなくても旅はできる。だから、詩は、役に立つ。

2022-06-20

午前9時からの社外とのミーティングに遅刻する夢をみて、飛び起きた午前3時。ストレスを感じていると右のまぶたがピクピク痙攣するなど、身体へサインが出てきてわかりやすい。13階のオフィスの窓際の席で作業していると、3分に1機くらいのハイペースで、渋谷の空を回転寿司みたいに飛行機が飛んでいく。今週は毎日、会社へ行く。こんなふうに宅配便を受け取れない日々が続くのが、なつかしい。外へ出ると、湿度と温度を包むように、もわっと夏の夜の匂いがした。

2022-06-19

動画撮影のアルバイト2回目。奇跡的に梅雨の晴れ間が重なって助かった。カメラとズームレンズ、LEDライト2灯とカメラ用三脚とマイク用一脚、レフ板にガンマイクにピンマイク、リグも組んだし小さなモニターもつけたし、電源の延長コードに交換バッテリー、ひとりで運べる限界の機材を持って電車で移動して、マスクがびしょびしょになった。自分のからだのほかに替えの効かない仕事でごはん食べてるフリーランスの人たちって、肉体的にも精神的にもほんとにすごい。スキル以上の仕事を請け負って不安だったけど、まあなんとかなるだろと思って準備して臨んだら、まあなんとかなった。結果的にお金もらったうえにスキルアップできてよかった。不安は準備で解消できる。それにしても、疲れすぎました。

2022-06-17

昼休み、きのう会社に入社したチームメンバーと、ふたりでラーメン屋へ行った。オフィスの裏に、この世でいちばんおいしいラーメン屋があるんですよ、と連れていくと、ワンタン麺を一口目で「リピート確定ですね」と言ってくれてうれしかった。いい人だ。

だれかとぼくら

だれかとぼくら

  • ネクライトーキー
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

待望していた、ネクライトーキーの新しいアルバム。バンドの作曲を担当しているギターが、かつて「ボカロP」として活動していたときに制作された楽曲を、仲間を集めてメジャーデビューしたバンドで弾き直すという胸が熱くなるようなストーリーに、ハム太郎みたいな声とも評される個性的なボーカルの声が重なっていく。

もっさ、といえばこのファーストテイクの動画。歌うまいよな〜。

2022-06-15

レンズをカメラに装着した様子を前方から映した写真

ストレス解消を目的にレンズを購入。Super-Takumar 55mm F1.8は1961年に発売されたレンズで、いわゆる「オールドレンズ」のなかでは出回っている数が多くて有名らしい。解説サイトで調べると、僕が手に入れたものは後期に製造されたもので、ガラスに放射性物質のトリウムが含まれているために、微量の放射線によって経年変化で黄色っぽくなっている。対処法としては、ビニール袋に入れて外に置いて日光に当てておくと紫外線で透明になるんだって。なんかおもしろい。

レンズとおなじくらいでかいM42とEマウントを変換するアダプターをつけると、60年前のレンズがソニーのミラーレスカメラにくっついて、デジタルカメラとして使えるようになる。もちろんオートフォーカスは使えないものの、明るくて、想像以上にきれいでびっくりする。黄色っぽいので、ちょっとホワイトバランスがおかしくなる気もしないけど…。日光に当ててみようかなあ。

Super-Takumar 44mm F1.8で台所の風景を映した写真。洗い物やキッチンペーパー、目薬など雑然とした物たちのなかで、ハンドクリームにピントが合っている。

この時代につくられたレンズはコーティングの技術が発達していなかったので、強い光を受けると虹色のフレアが出やすいとのこと。晴れたら朝日に照らされたアジサイでも撮りにいきたいな。ということを楽しみにして仕事をがんばろう。

2022-06-14

誰にも話せないようなことがあったとき、どうやって気持ちを処理してますか。いつだって僕は誰かの役に立ちたいから、もし悲しみを感じている人がいて、僕が話を聞くことで悲しみが和らぐなら、いくらでも聞いてあげたいなと安易に考えてしまう。でも、いざ自分の悲しみになると、話したところでしかたないというか、なんにもならないと思う。そんなことよりも、それを悲しいと思う自分と向き合って、長い時間をかけて内省した果てに「処理」するしかないって思う。だから、答えは、時間をかけるということになる。それは忘れるためではなく、寄り添うために必要な時間だから、悲しむのは悪い時間の使い方ではないとも思うんだ。

きのうの夜に突然YouTubeで公開されたin the blue shirtのmixが良くて、仕事しながらずっとループ再生していた。

豚しゃぶを食べたいなと思いまして、豚肉を買ってきて茹でた。白ごはん.comに書かれていたとおり、すこしだけ塩を入れて沸騰させたお湯に酒を大さじ2杯ほど加えてから茹でると、肉の臭みがなくなった。大切なことは、みんな白ごはん.comに書いてある。

2022-06-13

午前4時に起床。インターネットしたりコーヒー飲んだり、だらだらと贅沢な時間を過ごしたあと、6時に家を出て7時に会社へ着き、誰もいないオフィスのブラインドを上げて回る。フリーアドレスなのでお気に入りの窓の近くの席に陣取って、11時ぐらいまで地味なタスクをがっつり進めていると、だいたいモニターがある席には人が座るくらいに他の人たちも出社してくる。みんな、場所もないのでそれぞれの席でオンラインミーティングをはじめていて、その会話が耳に入ってきて集中が切れる。ここでタイムアップです。朝が早いと一日が長くてたまらないが、午後は疲れて使いものにならなくなるので、午前中にめんどくさい作業をいろいろ終わらせておくのが最適解という結論がでている。

野球の試合がない平日の夜は、手持ち無沙汰だ。ほんの1ヶ月ほど前には想像もしなかったような感覚。これまで見えなかった「野球」というレイヤーが、生活の上に新しく1枚そっと載ったようでおもしろい。

野球を観ていると、時間の使い方がゆったりしているというか、とにかく試合の時間が長い。盗塁への牽制球を何度でも投げたり、何本もファウルボールが出ても打席に立ち続けたり、触っただの触ってないだのアウトだのセーフだのをいちいちビデオを見返して、それでけっこう判定が覆ったりして、もちろん野球のルール的にはぜんぜん問題ないんですけど、この可処分時間を奪い合う時代に、余裕があるよなと思う。サッカーなんか無駄な時間を分単位で計測するし、相撲だってきっちり夕方6時のNHKニュースの前に終わるのに。でも、なんか野球のそういうルーズなところがいいな〜 と思う。たしかに、時間なんかどうでもいいこと気にしないでさ、みんなの気が済むまでやったらいいよね。選手の身体能力の高さを魅せるエンターテインメント的な要素もありつつ、勝ちとか負けとか実用的でも生産的でもないことにこだわったり、顔に感情を出したりしているところも好きだ。良い意味で、昭和的なおおらかさを感じるというか。本来は当たり前であるはずの、あいまいな人間っぽさが、なんか新鮮に映るんだよな。

2022-06-12

土曜日、上野の東京藝術大学のなかにある美術館でやっている「新しいエコロジーとアート」展を観た。テクノロジーが発達したことで可能になった表現によって、現実をとらえる解像度を上げさせられるような感覚があって、すごくおもしろかった。全体的に作品を説明するテキストが充実していたのもよかった。

「新しいエコロジーとアート」展はふたつの会場で開催されていて、もうひとつの会場は東京藝術大学から10分ほど歩いたところの「花園アレイ」という建物の5階だった。

行ってみると、おそらく普通に住居として使われていた古いマンションをリノベーションしたと思われる建物で、スタートアップっぽい小さな事務所が入居していたり、1階は藝大生っぽい人たちがアトリエとして使用しているみたいで、かなりいい感じ。受付でGoogleフォームに名前と体温を入力すると、5階の3部屋は自由に出入りできるようになっていて、住居風の部屋ごとにビデオなどのインスタレーションが展示されている。黒沢聖覇さんの秩父の地層、そしてセメント業を題材にしたビデオがとてもよかった。DSLRやドローンを駆使するテクノロジーが可能にしたビデオグラフィーと音響の組み合わせ、2面のスクリーンの効果的な使い方、「花園アレイ」という謎の場所の絵画棟のような部屋の匂いもあいまって、ループ再生の最初から最後まで観た。映画もそうだけど、映像作品を観るときって、上映が体験として立ち上がってくる。映像だって、演劇と同じくらい観賞には再現性がない。こういう思いがけない体験へ出会いたくて、展示を観に行っていると思った。

そのあと、Googleマップで近くに出てきたカレー屋へ行き、キーマカレーを食べた。1日10食限定とあるけど、まだありますかと尋ねると、ぜんぜんあった。中辛でもやさしい味だった。

日曜日、姉の家を訪れた。数ヶ月ぶりに会った下の甥っ子は2倍ぐらいに大きくなっていた。上の甥っ子と近所の大学のグラウンドのまわりの遊歩道を散歩した。グラウンドでは陸上部らしき人たちが走り幅跳びの練習をしていて、それを見ながらローソンのジャスミン茶を飲んだ。上の甥っ子は人見知りが激しく、ひさしぶりに会うと叔父の顔も見てくれないのだけど、散歩のあとは僕の身体の上に乗ってくるくらい慣れてくれてうれしかった。

2022-06-09

上司との面談のあと、社内チャットに離席しますと書いてからコンビニへ歩いた。都合により今週はぜんぜん出社していないので、この4日間ほどコンビニと自宅の往復しかしていない。べつにコンビニで買いたいものがあるわけでもなく、30分ぐらい空いたときにちょうどいい気晴らしの目的地として使っている。コンビニと自宅のあいだにはバッティングセンターがあって、前を通るたびに、ろくにバットなんか持ったことないくせにチャンスがあればやってみたくなる。しかしチャンスとはなんだろう。33歳にもなって、とつぜん大人が野球をはじめたくなったら、どこへ行けばいいのだろう。

この人なら話を聞いてくれそうだなと思ったら、ぼんやりと自分の話をしてしまう。論理も根拠もない、ひたすらにぼんやりした話を。つまり、甘えているのだと思う。聞かされるほうはたまったものではないだろうけど、それでもやさしく聞いてくれているとき、なんだか泣きそうになってくる。僕は自分のことばかり考えているのに、自分の話をするのは苦手だ。