鹿スタディーズ

越谷市科学技術体験センター ミラクル友の会 会員

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法のデザイン?創造性とイノベーションは法によって加速する

法のデザイン?創造性とイノベーションは法によって加速する

この本、おもしろすぎる。というか、この社会が、いま、おもしろすぎるんだ。これまであたりまえに受け入れてきたフルスタックな慣習が見つめなおされて、本質的な機能だけが残っていく。身ぐるみが剥がされていく。それでもそれを音楽といえるのか、お金といえるのか、家族といえるのか、問われはじめている。でも、なにをもって家族といえるのか、なんてことを考えているほうが、なんとなく家族をやっているより豊かなんじゃないかな?

ビットコインを 1 万円ぶん買ってみた。自分が換金したお金の価値が、十円、百円、ときには千円の単位で、上がったり下がったりを繰り返している。それはボタンを押す数秒間のあいだで変わってしまうような細かな波で、だからボタンを押す自分の意思なんて関係ないし、物の価値なんてほんとうにもろい信用でできているんだなと思う。駅前のスーパーとコンビニで牛乳の値段が 10 円ちがうとか考えるのがどうでもよくなる。かつてインターネットがやっていたことは、これまで当然だったなにかを壊すことであって、そこにインターネットの価値があったのかもしれない。

新卒採用

今年から、会社の新卒採用の書類選考と一次面接を担当させてもらっていて、すごくおもしろい… って言っていいのかわからないけど、いろんなことを考えさせられる。通過にしろ不通過にしろ、判断することの理由をきちんと言葉にすることを求められる。ほんとうは求められていないのかもしれないが、この言葉が本人に届いてもいいように僕は書くようにしている。そうやって言葉を書きつづけていると、いま会社に必要だと自分が考える人材はいったいどういう人なのか説明できるようになってくる。すべては自分を棚においた発言だけど、自分がこうあるべきだと考えるすがたを話している、その言葉が自分の口から出てきて驚くことがある。

5/16

文章は、その文章を読む人にむかって書かれる。日記は、まぎれもなく自分のためにあって(その日記を公開しているのはなんでなのかってなるけど…)、だから日記を書くことは、自分にむかって話しかけるようなことだと思う。というか、そういうときって、まるで幽体離脱したみたいに、他人のように自分を扱っている。日記を書くということは、自分からいったん外へ出ることのようにも思える。

スマートフォンのディスプレイの光が顔を照らす。僕が住んでる街はすごく静かで、アパートの部屋のロフトに上がると、さらに静かだ。冷蔵庫の音しかしない。画面をなぞる指が、文字を打ち込んでいくのを見ている。

5/6

姉の結婚式があった。バージンロードを歩く父と姉の姿を見ていると、こみあげるものがあった。結婚式には、姉と新郎の友達も、職場の同僚も、親戚も、たくさんの人が来ていた。父がギターを弾くのが趣味なので余興で演奏していたのだけど、緊張からか間違えまくっていて、ぼくと母は下を向いてこらえていた。でも、とてもよかったと思う。

ぼくは、結婚することと幸せになることは同じではないと考える。でも、結婚するって、いいなあって思った。結婚しなくても幸せになれるけど、結婚して幸せになれることもまた事実なんだ。姉が幸せそうで、うれしかった。そして、そんな自分の考え方がちょっと幼すぎるように思えて、恥ずかしくなった。

ぼくの席に置かれた姉の手作りの名札には、 MY BEST BROTHER と書いてあった。

5/3

不安を抱えながら生きる。悩みながら生きる。それでも生きることを選んでいるから、暗いことには希望がある。マームとジプシーの演劇はとにかくメチャクチャに暗いし、人もかんたんにバンバン死んでいく。それでも、いつも芝居の最後にうっすらと希望を感じるのは、生きることが脅かされる、その暗さこそが生きることを照らしてくれるからだ。

4/29

会社が主催する大きなイベントがあって、手伝いで会場へ誘導する仕事をしていた。たくさんの人に呼びかけられて、さまざまなことを聞かれた。そのなかで、たぶん、うまれてはじめて耳が聞こえない人に話しかけられた。その女性は、まず開口一番に「わたしは耳が聞こえませんので、筆談か身振りでお願いします」と早口で言ってから、そのあとに障害者手帳はどこで見せたらよいのか、という質問をした。僕は、手帳を取り出して見せるジェスチャーをしながら、会場の入口で見せれば入れますよ、と結局はしゃべりながら答えてしまったのだけど、それでわかってくれたようで、笑顔で「ありがとう」と言って入口へ向かっていった。それから、その女性が立ち去ったあとも、何度もこのやりとりを思い出した。あの女性は、たぶんこれまでに数え切れないくらいコミュニケーションが困難な場面に遭遇してきた経験から、初めに伝えたほうがよい情報をまとめていて、それがあの冒頭の「わたしは耳が聞こえませんので、筆談か身振りでお願いします」だったんじゃないだろうか。この言葉は、初対面の人と会話をはじめるときにまず話されることがなんども繰り返されて、この形へどんどん最適化されていったのだ。

お花見の話

  1. attsumi さんが主催する多摩川でビールを飲む会こと「多摩川ビール」略して多摩ビは第 3 回で、今回は尾山台から 20 分ほど歩いたところにある公園の片隅の桜の木の下だった。小雨が降ったりやんだりするなかでゲラゲラ笑いながらビールを飲んだ。 15 人ぐらい来たけど、ほとんど知らない人たち。風が強くなって、バスで二子玉川まで移動して、庄やで飲んで、なんか大学生みたい。バスから見える、川沿いの桜が満開でとてもきれいだった。
  2. iimio さんというアーティストが主催した、 S さんという方の自宅を借りた宅飲みがあった。行ってみると、 S さんは仕事で外出していて、家主が不在のまま、知らない人の家で知らない人たちが飲み会をすることに。洗濯機も冷蔵庫もない家で、どうやって暮らしているんだろうと話しながらビールを飲んだ。 10 人ぐらい来たけど、ほとんど知らない人たち。雨がやんできたのでみんなで散歩すると、川沿いの桜が満開でとてもきれいだった。

3/18

二子玉川の大倉というとんかつ屋には、 1200 円の「とんかつ」と 1600 円の「特ロース」がある。昼の 11 時半の開店の時間に行くと行列ができていて、ほぼ開店と同時に「特ロース」はなくなってしまう。お昼に「特ロース」を食べたいなら、 11 時すぎには並んでなくちゃいけない。でも、通い続けるうちに、ランチの営業が終わって休憩を挟んだあとの夕方 17 時に行くと、売り切れたはずの「特ロース」が残っていることに気づいた。

「とんかつ」もじゅうぶんにおいしく、というか、ほかのあらゆるとんかつより大倉の「とんかつ」が好きだけど、それでも「とんかつ」と「特ロース」が大きく異なる点は、肉がとろけるところにある。初めて食べたときはマグロの刺身みたいだなって思った。僕はバカなのかもしれない。でも、おいしい肉って魚に近づいていくし、おいしい魚は肉へ近づいていくんじゃないだろうか?

さらに 100 円払うとごはんにカレーをかけてくれることとか、カウンターの前に並べられたとんかつの揚がりを待つ細長い皿の列がさながら軍艦みたいに見えることとか、語れることはまだまだたくさんあるけど、誰にも話さず真顔でとんかつをほおばっている。

ブラウザを閉じよ町へ出よう

なんかみなさんもう今年もおしまいみたいな雰囲気だしてますけど、まだ30日ぐらいあるんですよ。ぜんぜん終わってないし、なにも終えられてないから…。感傷的にインターネットやってる場合じゃないんで。この場をお借りして、もう二度と帰ってこない2016年の、まだ間に合うおもしろそうなやつを紹介したいです。

まず、さいたまトリエンナーレが12月11日まで開催中らしいです。ツイッターを見てると「目」っていう人たちのインスタレーション作品がすごいって評判なので、僕もきょう目が覚めたら行ってみようと思ってます。チェルフィッチュの岡田利規の映像の演劇もよさそう。

まだやってる展示でいえば、六本木で12月11日までやってる、トラフ建築設計事務所っていう建築ユニットの人たちの展示は必見です。ひとつの大きなテーブルの上に置かれている、いままでに作られた建築の模型や雑貨のなかに鉄道模型のレールが張り巡らされていて、木製の円柱のようなものが駆け巡っている。この、ひとつの仕事がぜんぶへ繋がっているという展示の演出は、トラフの人たちが掲げている小さな工夫による価値観の転換から都市を変えていこうという考え方を体現していて、すばらしかったです。

あと、今年もマームとジプシーが大好きでした。藤田貴大が蜷川幸雄の半生を描いた脚本「蜷の綿」を藤田貴大と蜷川幸雄がふたりで演出する予定だったものの、亡くなったことで実現できなかったのは残念だった。そんななかで公演があった夜にまつわる3本の演劇では、後半まったく同じシーンを再現するという演出があったり、初期に公演した演劇を埼玉の市民の人たちとワークショップを行って再演したり、いままで公演した演劇を3本まとめてリミックスした1本の演劇をやるなど、繰り返して再現すること、アップデートしていくすがたを何度も見せてもらって、たくさん考えることがありました。

12月10日からは、藤田貴大が「ロミオとジュリエット」をやる、しかも青柳いづみという女優がロミオをやるというので、確実にすごい時間になることが約束されてると思う。僕は、12月17日の13時の回に行きます。

演劇といえば、ままごとって人たちの「あゆみ」って作品があって、4年前に新卒研修で福岡にいたときに観てボロボロ泣きながらマンスリーマンションに帰った事件があってから大好きで、その脚本と演出をしていた柴幸男って人がいま多摩美で教えてて、そのゼミの授業の一環で上演制作実習が行われるらしいんですけど、これはおもしろいのでは… と思います。

僕は1月14日の13時の回に行きます。無料で、こちらのウェブサイトから予約できます。これ、2016年じゃなくて来年の話でした。

演劇は一回性というか、公演の最初の日と千秋楽に行っても内容は違ったりするけど、映画はいつでも観られるし、いつでも観られるよなあとぼんやり思ってると、いつのまにか終わっちゃってて、今年はそんなことばかりで、ぜんぜん観ませんでした。毎年そんなに観てないですけど…。

いまやってる「この世界の片隅に」は、がんばって観にいってよかった。自分にとってこの映画を観たことは、いまと70年前の距離が縮んだ事件になりました。もし観てなかったら、おすすめです。

映画と同じくらい、いつでもいいと思うといつまでも触れられないものが本で、今年も穂村弘と最果タヒと高橋源一郎の本が大好きでした。おととい買ったけどまだ全然読めてないこの本は、高橋源一郎が教えている大学のゼミで、長い時間をかけて1冊の本を読み込んだ上で、著者を呼んで質問するという幸福な時間を収めた講義録。まだ読んでないけど、絶対おもしろい匂いがページの端からしてます。

読んじゃいなよ!――明治学院大学国際学部高橋源一郎ゼミで岩波新書をよむ

読んじゃいなよ!――明治学院大学国際学部高橋源一郎ゼミで岩波新書をよむ

ああ、まだ読みたい本、観たい映画や演劇、行きたい展示もあるのに、音楽も聴きたいしカレーも食べたいのに、好きな人とデートだってしたいのに、今年が終わってしまう。ブラウザを閉じて、町へ出よう。

この記事は 2016 Advent Calendar 2016 の4日目の記事でした。きのうは とらっしゅさん で、あしたはyuta弐拾伍さんです。

自宅の照明を点けたり消したりできるウェブサービスのソースコードを公開しました

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ウェブページに表示された照明のスイッチを押すと、僕の自宅の照明を点けたり消したりできるっていうウェブサービスを制作して、先日(10月16日)秋葉原で開催された「インターネットヤミ市」というイベントで、このボタンを押す権利を販売しました。

ちょっとなにをいっているのかよくわからないかもしれませんが、イベントの会場の様子やボタンを押す権利を販売してる風景は、こちらの記事でわかりやすくご紹介いただいているので、よろしければご覧ください。

nuwton.com

こんなまったく需要のない商品を、結局 53 人が買ってくれました。イベントが終わったあともボタンを押せるようにしていたものの、照明が点滅する部屋で暮らしてたら体調が悪くなってしまい、3日でサービスを終了してしまいました。

そんなウェブサービスですが、このたびオープンソースプロジェクトとしてソースコードを公開することにしました。

github.com

照明器具の操作には IRKit という Arduino で作られた赤外線リモコンデバイスを利用していて、さらに IRKit を操作するために ruby-irkit という Ruby の gem を利用しています。また、ボタンを押したり Twitter 認証させたりといったサービスをつくるために Sinatra を利用しました。どれもオープンソースのプロジェクトです。

僕はエンジニアではなくデザイナーで、たとえアイディアを思い立ったとしても、自分ひとりではどうやったらいいのかわからないことばかりです。でも、インターネットには誰かが書いたコードがたくさんあって、利用させてもらったり、真似をすることで、実現できました。 OSS の、みんなの力で最速で世界を豊かにしていこうっていう考え方が、ほんとうに好きだ。

yami.shikakun.com はまったく需要のないオープンソースプロジェクトですが、もし見ず知らずの他人に Twitter 認証させて自宅の IRKit を操作させたい方がいれば、微力ながら役に立てるかもしれません。みなさんもぜひ Fork して、ご自宅の照明やエアコン、テレビのスイッチを他人へ明け渡してみてはいかがでしょうか。

この記事は Pepabo Advent Calendar 2016 の1日目の記事でした。次回は yoku0825 さんです。というか、たぶんペパボの人じゃないけど、誰なんだろう?