鹿スタディーズ

越谷市科学技術体験センター ミラクル友の会 会員

手がかり

言葉は、言葉だけでは手がかりがないから、それに近い言葉へ言い換えたり、言葉が指す意味を定義したりして、そうすることがもともとの言葉へどれだけ近づいたのか、または遠くなったのか、そういう差分を手がかりにすることがある。言葉のイメージは液体で、たしかに存在するけど形はよくわからない。液体を A の容器から B の容器へ移し替えるみたいな作業のことが、詩を書くみたいなことなんじゃないかと思ってる。意味を伝える機能として書かれない言葉。

おもしろい

それが知られていないから広まっていないのか、知られたうえでおもしろくないから広まっていないのかは、見極めたほうがいい。知られていないなら広めるほうへ、おもしろくないならおもしろくするほうへ力を使ったほうがいいのに、いつも、おもしろくないのに広めることばかりやっている。おもしろさとは、情報の多さだ。それは言葉の多さではなく、ときには言葉を減らすことが情報を増やすこともあるだろう。この言葉は、いったい、誰が、誰へ、語りかけているのか?そのことが、これを、どれだけ、豊かにしているのか?

カバー

本屋で本を買う。カバーをおつけしますか、と聞かれる。もうすこしこの人といっしょにいたいなと思ったら、お願いしますと言う。家に帰ったら、カバーは外して捨ててしまう。

6/1

法のデザイン?創造性とイノベーションは法によって加速する

法のデザイン?創造性とイノベーションは法によって加速する

この本、おもしろすぎる。というか、この社会が、いま、おもしろすぎるんだ。これまであたりまえに受け入れてきたフルスタックな慣習が見つめなおされて、本質的な機能だけが残っていく。身ぐるみが剥がされていく。それでもそれを音楽といえるのか、お金といえるのか、家族といえるのか、問われはじめている。でも、なにをもって家族といえるのか、なんてことを考えているほうが、なんとなく家族をやっているより豊かなんじゃないかな?

ビットコインを 1 万円ぶん買ってみた。自分が換金したお金の価値が、十円、百円、ときには千円の単位で、上がったり下がったりを繰り返している。それはボタンを押す数秒間のあいだで変わってしまうような細かな波で、だからボタンを押す自分の意思なんて関係ないし、物の価値なんてほんとうにもろい信用でできているんだなと思う。駅前のスーパーとコンビニで牛乳の値段が 10 円ちがうとか考えるのがどうでもよくなる。かつてインターネットがやっていたことは、ざっくりいってしまえばこれまで当然だったなにかを壊すことであって、そこにインターネットの価値があったのかもしれない。

新卒採用

今年から、会社の新卒採用の書類選考と一次面接を担当させてもらっていて、すごくおもしろい… って言っていいのかわからないけど、いろんなことを考えさせられる。通過にしろ不通過にしろ、判断することの理由をきちんと言葉にすることを求められる。ほんとうは求められていないのかもしれないが、この言葉が本人に届いてもいいように僕は書くようにしている。そうやって言葉を書きつづけていると、いま会社に必要だと自分が考える人材はいったいどういう人なのか説明できるようになってくる。すべては自分を棚においた発言だけど、自分がこうあるべきだと考えるすがたを話している、その言葉が自分の口から出てきて驚くことがある。

5/16

文章は、その文章を読む人にむかって書かれる。日記は、まぎれもなく自分のためにあって(その日記を公開しているのはなんでなのかってなるけど…)、だから日記を書くことは、自分にむかって話しかけるようなことだと思う。というか、そういうときって、まるで幽体離脱したみたいに、他人のように自分を扱っている。日記を書くということは、自分からいったん外へ出ることのようにも思える。

スマートフォンのディスプレイの光が顔を照らす。僕が住んでる街はすごく静かで、アパートの部屋のロフトに上がると、さらに静かだ。冷蔵庫の音しかしない。画面をなぞる指が、文字を打ち込んでいくのを見ている。

5/6

姉の結婚式があった。バージンロードを歩く父と姉の姿を見ていると、こみあげるものがあった。結婚式には、姉と新郎の友達も、職場の同僚も、親戚も、たくさんの人が来ていた。父がギターを弾くのが趣味なので余興で演奏していたのだけど、緊張からか間違えまくっていて、ぼくと母は下を向いてこらえていた。でも、とてもよかったと思う。

ぼくは、結婚することと幸せになることは同じではないと考える。でも、結婚するって、いいなあって思った。結婚しなくても幸せになれるけど、結婚して幸せになれることもまた事実なんだ。姉が幸せそうで、うれしかった。そして、そんな自分の考え方がちょっと幼すぎるように思えて、恥ずかしくなった。

ぼくの席に置かれた姉の手作りの名札には、 MY BEST BROTHER と書いてあった。

5/3

不安を抱えながら生きる。悩みながら生きる。それでも生きることを選んでいるから、暗いことには希望がある。マームとジプシーの演劇はとにかくメチャクチャに暗いし、人もかんたんにバンバン死んでいく。それでも、いつも芝居の最後にうっすらと希望を感じるのは、生きることが脅かされる、その暗さこそが生きることを照らしてくれるからだ。

4/29

会社が主催する大きなイベントがあって、手伝いで会場へ誘導する仕事をしていた。たくさんの人に呼びかけられて、さまざまなことを聞かれた。そのなかで、たぶん、うまれてはじめて耳が聞こえない人に話しかけられた。その女性は、まず開口一番に「わたしは耳が聞こえませんので、筆談か身振りでお願いします」と早口で言ってから、そのあとに障害者手帳はどこで見せたらよいのか、という質問をした。僕は、手帳を取り出して見せるジェスチャーをしながら、会場の入口で見せれば入れますよ、と結局はしゃべりながら答えてしまったのだけど、それでわかってくれたようで、笑顔で「ありがとう」と言って入口へ向かっていった。それから、その女性が立ち去ったあとも、何度もこのやりとりを思い出した。あの女性は、たぶんこれまでに数え切れないくらいコミュニケーションが困難な場面に遭遇してきた経験から、初めに伝えたほうがよい情報をまとめていて、それがあの冒頭の「わたしは耳が聞こえませんので、筆談か身振りでお願いします」だったんじゃないだろうか。この言葉は、初対面の人と会話をはじめるときにまず話されることがなんども繰り返されて、この形へどんどん最適化されていったのだ。

お花見の話

  1. attsumi さんが主催する多摩川でビールを飲む会こと「多摩川ビール」略して多摩ビは第 3 回で、今回は尾山台から 20 分ほど歩いたところにある公園の片隅の桜の木の下だった。小雨が降ったりやんだりするなかでゲラゲラ笑いながらビールを飲んだ。 15 人ぐらい来たけど、ほとんど知らない人たち。風が強くなって、バスで二子玉川まで移動して、庄やで飲んで、なんか大学生みたい。バスから見える、川沿いの桜が満開でとてもきれいだった。
  2. iimio さんというアーティストが主催した、 S さんという方の自宅を借りた宅飲みがあった。行ってみると、 S さんは仕事で外出していて、家主が不在のまま、知らない人の家で知らない人たちが飲み会をすることに。洗濯機も冷蔵庫もない家で、どうやって暮らしているんだろうと話しながらビールを飲んだ。 10 人ぐらい来たけど、ほとんど知らない人たち。雨がやんできたのでみんなで散歩すると、川沿いの桜が満開でとてもきれいだった。